笑いのカルチャーショック - ジンジャーの薫り・・・仏田舎手帖

笑いのカルチャーショック

  • 2017.03.10

笑うことは体にも心にも良いと、年頭にも書いたことですが、
その「笑い」について、ちょっと考えさせられることがありました。

先月、クレルモンフェランで毎年開催されている短編映画祭でのこと。
観に行った回のテーマは 「ブラックユーモア」でした。

その中の1つの短編、ストーリーが始まるやいなや、会場からふふふ・・・という笑い声が漏れ始めます。
高齢のおじいさん達が登場して、
冬を超えられず亡くなった仲間の名前が次々に出てくるところです。

続いて話はメインストーリーへ。
若い女性を団結して助けた後、あっけらかんと去っていく女性を見送りながら、
高齢者の男性達は揃いも揃って、同じ泥に足を取られて身動きが出来なくなっていきます。

観ていて予想できる展開なのですが、この辺で私はもう、悲しいやら、腹立たしいやら、
バカバカバカ―――!
早く、動いてーーー!
と、悲哀に満ちてじれったい気持ちでいるというのに、
会場は笑いの渦。

エンディングは、手に手を取ったまま、ついにズブズブと泥に埋まっていく彼らの姿に、
さらに爆笑の渦。
笑い過ぎて、苦しそうにヒーヒー言う息まで響いています。

上映が終わって明るくなると、涙が出るほど笑い転げていたフランス人の友人3人が隣にいました。

「全然、笑えないんだけど。むしろ、悲しいんだけど。どこが可笑しいの?」

と私は納得のいかない面持ちで尋ねました。

「えぇそうなの?」

と逆に友人たちは驚いたように言って、

「最高だよ!若さと老いと、団結と・・・象徴的で、実に可笑しい。」
額面通りに受け取らないで暗喩的に観るの。結局のところ、死ぬ、ってことは考えなくてもいいのよ。」

と説明してくれました。
暗喩的に観る、ったって、努力しないであんなにお腹の底から笑いが生まれて来るなんて、私の感覚では頭をひねりにひねっても
あり得ないことでした。
滑稽なほどの愚かさが哀しい、とは思います。
でも、笑いはこぼれてこない。

これはノルウェーの短編映画だったのですが、
大受けするフランス人の中に笑えない自分がいて、
私はこちらに来ておそらく初めて、「笑いの感覚」に一種のカルチャーショックを感じた出来事でした。

以前ロンドンでイギリス人と結婚した、夫の友人のフランス女性を尋ねて行ったことがありますが、
その時、私と夫と彼女とで笑っている時、イギリス人の旦那さんが

「笑いとは、カルチャーだ。国によって笑いのセンスは全く違うものだ。」

と、真顔で言ったのをよく覚えています。
あぁ、私たちのユーモアがわからないんだ、とすごく印象に残ったのですが、
それと同じことが、私にも起こっているように感じました。

ひょっとすると、国のカルチャーというより、私個人がこういうブラックさについていけないだけなのかもしれませんし、
わからない文化的背景があったのかもしれませんが、日本人がこれで腹を抱えて笑うとは、ちょっと考えにくいです。

これをそこまで笑えるって?

と、まだまだ私には理解できていない彼らの思考回路がある、ということに気づかされたのでした。

笑うセンスの違い、って、下手をすると「意地悪」とも受け取れることもあるし、誤解を招きかねないもの。
私もこのフィルムでは 
「死にゆく老人見て、何が可笑しいの
と、アスペルガー的に思ったのですが、
友人たちの説明を聞くと、そういう訳ではないらしかったです。


笑いって、深いわー。

メタファーとして捉える脳の訓練をもっとしよう、っと。と思った出来事でした。


こちらがその短編映画。

L'union fait la force (団結は力なり)

「団結と理想と勇気についての不条理なコメディ」
と説明があって、なるほど、、、と意図するところはわかりましたが、
やっぱり全然可笑しくない(笑)

皆さんはどうでしょうか。
9分ちょっと、ご覧になってみて下さい。

(2003年のクレルモンフェラン短編映画祭で、国際部門グランプリを受賞しているようです。)
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