日本の湿気 - ジンジャーの薫り・・・仏田舎手帖

日本の湿気

  • 2016.06.11
日本に来て、すでに3週間目も半ばに入りました。

到着した日、重く暗く、果てしなく沈んだ心で成田を出て、京成線に乗ると、雑多でのどかな景色が目に映り始めました。

と、ほぼ同時に、日本の「もあっ」とした湿気がすでに充満しているのを感じました。

私は、日本の湿気が好きだと思ったことなど、生まれてこの方一度もありませんでした。

べとべとして体が重くなり、体調が悪くなる原因だといつも感じていたからです。


ところがこの時、私は生まれて初めての感覚に包まれたのです。

それは、「湿気がもたらせてくれる安堵感」でした。

湿気は、目に見えないけれど、確かに「存在するもの」でした。

その存在は、なにもかもを包括して、結びつけているもののように感じました。

人間も植物も生物も、生物ではない家や車や道や電柱も、あらゆる物も、すべては1つなのだと、瞬間的に感じたのです。

私たちは大きなひとつ。

死ですら、生の一部なんだ、と、湿気が物語っているように感じました。

それは、感情ではなく、道理として受け入れられるような、温かな一体感でした。

私という存在も、死を含んだ生きとし生けるものの1つとして、すべてのものと繋がっている・・・

私たちはひとりではない。

湿気がじんわりと私の肉体を包み、心にも密着して、やさしく包みました。

すると、ひとり緊張しきっていた心身ともに、不思議な安堵感に包まれたのです。


日本の湿気が、実は、こんな風に大いなる存在だったと、初めて気づかされました。

日本人の精神に欠かせないものだと思いました。
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