共存する社会か、共生する社会か - ジンジャーの薫り・・・仏田舎手帖

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共存する社会か、共生する社会か

  • 2015.03.08
一昨年~去年とトトがアメリカに留学していた時、スカイプで話をしていると、彼が言いました。

ママは日本人と結婚して、パパはフランス人と結婚すれば、よかったのに。
そうしたらハーフなんてワケの分からない者は生まれなくて、僕は日本人か、フランス人か、どっちかでよかったのに。


フランスで生まれて、代々地元生まれのフランス人しかいないような田舎で、アジア人は私一人、黒人もアラブ人もいない田舎で育ったトトだけど、今まで自分がハーフであることのアイデンティティーに問題は感じていなかったはず。
人種差別もいじめもなく、違和感も、特別意識もなく、多分周りと同じフランス人としてのアイデンティティーを持ちながら、フランスという土壌に溶け込んで育ってきた。
もちろん、自分の中に、他の子が持っていない日本人という存在があることを、わかってはいて、子供心なりにいろいろ感じてはいたし、「フランスだけじゃない」自分の部分を自分の中でどう受け入れるかという作業はずっとあっただろう(今もあるだろう)けど、それが「問題」に発展することはなかったと思う。

ところがこんなことを言い出したので、ちょっとビックリしてしまいました。

「なんで急にそんなことを思うの?」
と聞くと、話してくれました。

トトが留学していたのはアメリカの北部でしたが、そこではアメリカ人、ヨーロッパ人、アジア人、アフリカ人などいろんな人種が住んでいますが、それぞれが交わることがないのだそうです。みんなが自分の属しているコミュニティの中で別々に暮らしている
それは留学生も同じで、ハーフは彼ひとりだったらしく、ヨーロッパグループに属している自分と、アジアグループにも属している自分、でも二つのグループが一緒に混ざって話すことはないために、どこに属して良いのかわからなくなる、とのことでした。それが日常的なことなので、とても悩んでいて、自分が混血でなければこんな問題はなくなるのに、と思ったようです。

「アメリカは人種のるつぼで、みんながアメリカ人という1つのアイデンティティーを持って暮らしている」というイメージからすると、ともに混ざり合って「共生」しているように思っていましたが、そうではなく、それぞれのコミュニティに分かれて「共存」している暮らし方のようだと、その時私は初めて知りました。
(この後トトはカリフォルニアに住んでいる友人宅に休暇でお世話になったのですが、そこはハーフしかいない所で、「いわゆるアメリカ人」はいなかった・・・と言っていましたので、州によっても違うのかもしれませんが。)

フランスの共和国理念はこのアメリカのような社会をコミュノタリズムと言って、それを理想とはしていません。
もっと、多文化が関わりあって混ざり合って暮らすことをモットーにしているのです。
それは、田舎の「生粋の」フランス人しかいない所ですら、そのような精神の土壌があって、おかげで何の区別もされず、むしろ多文化としての日本の要素を快く受け入れてもらいながら、暮らすことができたのです。

私が日本人と結婚していたら、また夫がフランス人女性と結婚していたら、トト、あなたは生まれていなかったよ・・・という点は置いておいて、これは彼が初めて遭遇するカルチャーの壁なのでした。

「日本人と結婚して日本に住んでいたら、ママだってさ、外国暮らしで苦労することもないじゃん。誰も国際結婚なんてしなければいいんだよ。そうすれば、問題は割り切れるんだ。誰もが自分の国から出ないで、自分の国の人と結婚する、それが一番いいんだ。」
とトトは言いました。

「違う文化の二人が出会って一緒になるから、世界は広がるんじゃない。
苦労するから成長するんじゃない。出会って好きになっちゃったから努力するんだもん、そこが美しいじゃない!」

と私はスカイプの画面に向かって熱く語りましたが(笑)、実際たった1人で毎日二つの異共同圏の中で揺れ動かざるを得ないトトは、「その結果を被るのは子供のボクなんだから、いい迷惑だ・・・」と苦い思いで聞いているようでした。

はるばるアメリカという「自由の国」にまで行って、まさかそんなド保守な考えを持つようになるなんて思いもよりませんでした。
自国を出ないほうがいい、とまで究極の考えに至りながら、それを根本的に裏切るハーフという自分の存在
このジレンマをどう受け入れたらよいのか・・・それは、異文化を区別してカテゴリー化しなければならない暮らしの中から彼に生まれたジレンマでした。

アメリカから戻ってきたばかりの去年の夏も、同じようなことを言っていましたが、またフランスでの生活が始まるとともに、そのような苦悩もなくなってきて、口にすることはなくなりました。

あなたは白、ぼくは黒、と割り切られてしまったら、どちらかに決めなければならないグレーが悩むのは当然のことです。
でも最早、グレーの人間が世界にどれだけ多く存在することでしょうか。

赤、青、黄、白のみに分けたら、紫や緑やピンクやオレンジはどこにいればよいのでしょう。
紫だって、赤寄りの紫もあれば、青寄りの紫もある。それだけ幅のある「紫」は、
「紫」というコミュニティがなければ、「赤」か「青」かのどちらかのコミュニティに属さなければならないのでしょうか。
自分の中の「赤」または「青」の部分のみ認めて。


* * *

イスラム教の人たちは、ハラルというイスラム式で屠殺した食肉しか食べません。
フランスで普通の肉屋で売っている肉は食べられないのです。
その子供たちが学校の給食でハラル肉しか食べられないことには何の疑問もありません。でも、イスラム教ではないフランス人やその他の国の子供たちが食べ「させられる」のは、「それは違うんじゃないの?」と私は思います。
だけど、給食でハラル肉しか出さない公立や私立の学校もあるそうです。

一番いいのは、給食のメニューで選択が出来ることですが、学校側もそこまでの予算がないのかもしれません。
それで、「絶対に食べられない」という選択しかないイスラム教の子たちに合わせたメニューに統一してしまっているのでしょうか。

では、ハラル肉しか食べない子たちだけの学校を作れば、給食の問題はなくなるでしょう。
でもそれでは、イスラム教を区別をすることになってしまい、そうではない人と交流する機会もなくなってしまいます。
互いに混ざり合わない社会を促進することになってしまう。
多文化が「共生」する社会作りを目指す上で、そのやり方も違うと思います。

じゃぁ一体どうしたらいいの?
と・・・私が考えてもどうしようもないのですが、トトの北部アメリカ経験もあり、多文化社会の今後のあり方について試されているフランスに暮らしていると、徒然に考えてしまいます。

私もここでは移民で、自分の持っている「日本人」という色に、フランスという環境に順応し影響される色がついてきています。子供たちはそれぞれのグラデーションを持つ中間色、夫は「フランス人」という色に、日本の影響を受けた色がついてきています。
ハーフという生物的な血じゃなくても、精神的にも中間色の人間はいまや沢山います。

様々な色が関わりあって存在していいパレット、今はそんな場所に暮らせることがありがたいです。

でも、フランスに住んでいる限り、フランスという土地や人の風習や規則を尊重する、という前提があってのことと思うのですが、それが脅かされている、と感じているのも事実です。

どこまでを許容し、どこまで歩み寄ればいいのか・・・、そんなことを考えさせられています。


久しぶりに長くなってしまいました。
読んで下さってありがとうございます!



参考:http://www.clair.or.jp/j/forum/c_report/pdf/363.pdf
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