さまざまな羊 - ジンジャーの薫り・・・仏田舎手帖

さまざまな羊

  • 2015.03.04
今年に入ってから世の中で起きたいろんな事に、迷える子羊になった気分が続いていて、ずっとアップしそびれていました。。。 



フランス人の中学生たち、これを書いたのはまだ筆を持って3~4回目だったと思いますが、なかなかよく書けているでしょう。
どれもかわいらしくて真摯な羊さんばかりです。

今年度私のクラスに集まったのは、トルコ系、アフリカ系、アルジェリア系、モロッコ系のフランス人の子供たちです。
この間は、チェチェン共和国から逃れて来た子も来ました。
まだフランスに来て4年目という彼女は、こちらに来て初めてフランス語を習ったそうだけど、ペラペラに何の不自由もなくフランス語を喋っていて舌を巻いてしまいました。

去年は生粋のフランス人もいました。ただ、今はこの「生粋のフランス人」という言葉を使うのは「○○系フランス人」に対して優越を示す差別用語であると、フランス社会では物議が醸しだされています。


「センセイ見てみて!」「私のも見て!」「これでいい?」「私のはどう?」「これはどう?」「うまく書けた?」
とみんなが口々に言ってすごく賑やかなのは、日本の子の書道風景とは大分違うけど、
1本1本の線を書くときの集中する姿、
そして、
その1本を美しく書きたい、という欲求、
は同じであることに感動します。

たった今書いた字に納得できないという気持ち。
この子たちの言語じゃないのに、どうしてそれが「納得できないものである」とわかるんだろう。

自分の書いた線が、美しいかどうか、いい線かどうか、純粋な感性で素早くキャッチして、向上しようとする気持ち。
次に書く字はもっともっと納得のいくように書きたい!という欲求。

文化も言葉も違う「書」を前にして、自分自身と対峙していく力の同じことに、私は感動とエネルギーをもらいます。

シャルリーエブドの事件があった時、この子たちの中のひとりは
「あのねセンセイ、クラスにね、立ち上がって、『僕はシャルリーじゃないから1分間の黙祷はしません』って言った子がいたよ。かっこいいからわたしも今度そう言おうかなぁ。」
と言いました。

「もちろん、あなたがシャルリーじゃないのはよくわかるわ。みんながシャルリーである必要もないし、それは当然のことよ。
ただ、亡くなった人を悼んで黙祷をするという行為は尊重するべきではないかしら。」
と私は言ってみました。
終業ベルにかき消されて、続きの会話が出来なかったけど

「クリスマスはどうだった?」と正月休み明けに聞いたとき、
「クリスマスはキリスト教のもので、私たちは祝わないので、特に何もしませんでした。」
とトルコ系の子たちがこぞって答えた時、そうか、ノンポリの日本人のように宗教が違ってもクリスマスを祝う国民ばかりじゃないんだった・・・とハッとさせられたり。

そんな子たちがとにかく熱心に、嬉々として通ってくれて、賑やかで濃縮した時間は楽しく嬉しい時間です。
本当にかわいい生徒たちです

世の中が平和になるように、と願わずにはいられません。
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