大叔母さんの葬儀 - ジンジャーの薫り・・・仏田舎手帖

  • --.--.--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

- comments

非公開コメント

大叔母さんの葬儀

  • 2015.02.11
明るい日差しに恵まれた二日間でした。
大叔母さんの住んでいたアヴェロン地方に行ってきました。

お葬式前夜に、葬儀社の中にある安置所で、私たち家族と義両親だけで大叔母さんに会ってきました。
きれいな桃色のお気に入りの服は相変わらず肌色によく似合って(私が以前プレゼントした服を義母が着せてくれていたのでした)、ベッドでレースに包まれている彼女は、まるで眠っているかのようでした。
まつ毛がパチリと開いて「あれま、みんなどうしたの?」と口を開きそうなくらい、いつもと同じ様相で、安らかな寝顔でした。

当日になると、親しかった親族もこの安置所に訪れ、棺を閉じる前の姿に最後のお別れをしました。
それから皆で教会に向かいました。
小さな野の花のような生花でいいと願った彼女のために、それでも大きな白いバラと、春を告げるチューリップなどが飾られました。

子供のころ、お葬式のたびに真っ黒な服を着せられたのが嫌で、誰が着るにしても黒い服を嫌った大叔母さんのために、この日私はベージュと茶色の服で行きました。子供たちにも黒は着せませんでした。
といっても、他に、黒い服にこだわっている人はほとんどいませんでした。大叔母さんが子供のころとは時代が変わったのかもしれません。フランスでお葬式に出席するのはこれで4度目になってしまいましたが、服装に決まりはなく、みなそれぞれ普段着や外出着の中から自由に選んでいるように思います。

教会でのミサが終わると、墓地に運ばれ、深く掘られた土の底に棺が置かれ、ひとりひとりがその前で礼をし十字を切りました。

空気は冷え込んでいましたが、墓地や教会を照らすやさしい陽光は、大叔母さんらしさに溢れたものでした。

「『見返りを求めずに与える』 
その言葉通りの人だった。
彼女のような人に出会えて、本当に幸せだったと思う。」

と、20歳を過ぎたトトとナナの再従兄弟(はとこ)の青年と話していると、私が思っていることと一字一句同じことを言ったので、今の言葉が自分の口から出たのか彼の口から出たのかわからなくなるくらいでした。

謙虚で多くを求めず、
誠実でまっすぐ、
質素堅実に地に足をつけて、
分け隔てなく自分を与え、
タフに生きた大叔母さんにふさわしい、
シンプルで穏やかな心の温まるセレモニーでした。

葬儀が終わると、アヴェロン地方の習慣で、フアスを皆で食べました。
フアスはオレンジフラワーウォーターで香りづけされたアヴェロン地方のブリオッシュ。
叔父さんの家で出されたフアスは、直径40センチぐらいの大きなドーナツ型です。

アヴェロン地方では、おやつに、お祭りに、セレモニーにと、何かというとこのフアスが出てきます。
写真は食べかけのフアスで、ごめんなさい。







関連記事

0 comments

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。