クレルモン・フェランでも追悼行進(1/13追加訂正) - ジンジャーの薫り・・・仏田舎手帖

  • --.--.--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

- comments

非公開コメント

クレルモン・フェランでも追悼行進(1/13追加訂正)

  • 2015.01.12
7日に「シャルリー・エブド」が襲撃された事件を、最初に教えてくれたのは遅いランチに帰宅していたトトでした。
部屋から飛び出してくると、

「ママっ、僕が虫垂炎になった時、『シャルリー・エブド』社が放火されたの、覚えてる? 僕はベッドでそのニュースを見てたの、よく覚えてるんだ。」

「もちろん覚えてるわよ。」 丸焦げになったオフィスの映像が衝撃的な事件でした。

「その編集長もイラストレーターもさっき殺されたよ!」

「エッ!!」

2011年11月のことでした。当時、「アラブの春」が拡大している中、彼らのイスラムを風刺する絵はそれはそれは挑発的で、ハードで「えぐ」くて、どうしてわざわざ過激派を刺激するようなことを敢えてするのだろう・・・と私は思ったものです。
誰だって、大切に思っているものを嘲られたら、心情を害するのは当然のことです。しかもその相手は理性が通用するとは思えない過激集団なのです。
けれども編集長は「脅迫に屈したら、我々の言論の自由はどうなるのか。やめるわけにはいかない。」と強い口調で言っていました。

そのことがありましたから、新聞社が遂に暴力によって倒されてしまったと知ったとき、本当に彼らが命を張って描いていたのだ、クリエイターとして彼らなりの信条を貫き続けていたのだ・・・ということに深く気づかされたのでした。無念さと衝撃が同時に胸に湧き起こりました。

襲撃された夕方に、全国的に追悼集会が行われた、その素速さと規模と人数に驚きました。
「シャルリー・エブド」の風刺絵は挑発を目的としているために快く思わない人も多いことでしょう。でも、そういったことに留まらず、もっと大きな視点から捉えて、「思想の自由、言論の自由」という共和国フランスの根幹を成すアイデンティティを脅かされたことに対して、これだけ多くのフランス人が結束し集まったのです。

啓蒙思想家ヴォルテールの言葉として今では有名な(実際にはヴォルテールの言葉ではないそうですが)

私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張できる権利は命をかけて守る
« Je ne suis pas d'accord avec ce que vous dites, mais je me battrai jusqu'au bout pour que vous puissiez le dire. »

という考え方が、この国に流れていると感じます。
そんなフランスも、フランス人も大好きです。

世界の国々を見ても、過去を見ても、私たちは脆く、全体主義に陥るのはあまりにも容易いことに違いないから・・・
勝ち取ったデモクラシーを、言論の自由を、私たちの世代はもちろん護らなければならないし、子供たちの世代もずっと護っていって欲しい・・・と強く願って、家族4人で追悼行進に参加してきました。

1月11日日曜、フランス全国で370万人がデモ行進に参加したそうです。
クレルモン・フェランでも7万人の参加者だったそうです。

トラムの駅で。


中央広場で。


 
中央広場、反対側から。





さりげなく表現。「私はシャルリー」を始め、
「自由、平等、友愛」その他いろいろなボードを掲げていた人が多かったですが、
若い女性はエンピツを髪にさしていた人も見られました。
もっと何本もの色鉛筆を花魁のかんざしのようにさしていた子たちもいました。


広場から続く町中。




消防署の方々も「私はシャルリー」。




 
襲撃で亡くなったクレルモン人を偲ぶスピーチの後、市長の挨拶、ラ・マルセイエーズの合唱。



雇用条件などでデモをするフランス人には慣れていましたが、「表現の自由」にこれだけ反応する動員数に心が熱くなります。普段は愚痴や批判ばかりのフランス人ですが、底力を見た思いです。きっとこれはほんの始まりに過ぎない・・・と期待を込めて思います。


(前記事で書いた2人のうち生き証人となった友人ですが、テレビや新聞のジャーナリストたちが情報を得ようと執拗に追いまわしていて、常に警官に守られていないと1人では動けない状態だそうです。そのためこの行進に参加できなかったのですが、報道の自由とは別に、報道のモラルという誌面からは見えない問題も感じさせられています。)
関連記事

0 comments

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。