メキシコの小鳥ちゃん - ジンジャーの薫り・・・仏田舎手帖

メキシコの小鳥ちゃん

  • 2014.04.28
私がフィリップの受入れで四苦八苦、七転八倒、いやいや、めげずに七転び八起き、孤軍奮闘の毎日を繰り返していた間、フィリップ記事をアゴの筋肉をゆるませながらそれはそれは楽しみに読んで下さっていた読者の方が、意外や意外に多かったということを、あちらこちらから教えていただきました。

そして、フィリップが去った後、「いい子のメキシコちゃんだと記事がつまらなくなって残念だわ~」と念押しまでいただきました(笑)。

彼は私のブログのために天から遣わされた使者ではないか、との声も早々からありました。

彼という存在のおかげで、私の文章もステージアップした、との励ましもいただき、
私が成長しなければならないために与えられた貴重な逸材だったのだと、深く納得する次第でございます。

今になってこうしたご感想を総合的に判断しますと、やはり、ドロドロした人の不幸こそが共感を呼ぶものだと確認いたしました(笑)。

「是非、外伝を!」とのリクエストもいただいておりますが、フィリップ記事を書くのは正直、思い出すだけでも心体ともにかなり消耗する作業ですのでお約束は出来ませんが、また体調の絶好調なときを見計らって書くことがあるかもしれません。

この経験を生かして、今後も共感していただける記事を書いていけたらと思いますが、今度来たメキシコちゃんですが、あのシャンパンを貢がれていたメキシコ君の彼女ではありませんよ

フィリップと同時期にこの町にやって来て、同じ学校に通い、別のファミリーのもとで暮らしていました。
3番目のファミリーということで我が家にやってきて、3週間が経ちました。


他人と一緒に住む、ということ自体、難しさを持っていることだと思います。
一週間や10日間ぐらいなら問題のない生活でも、誰だって、1つ屋根の下に長いこと住んでしょっちゅう顔を突き合わせていれば、不都合が出てきて当然なことです。
それは、結婚した相手とだって、実の子供とだって、いろいろ調整しなければならないことがあるし、義理の家族とはさらにやっかいなことも多くなるわけですから、ましてや他人の子がいきなり家庭に入るというのは本当に双方共に大変な努力が要ることなんだ、とフィリップを預かった時に初めて痛感したことでした。

子供たちの友だちや、学校の短期ステイの子たちなどが泊まっていったことは何度もありますが、それは自分の想定内の子たちばかり、スムーズに楽しく過ごせて当然だったのです。
でも、誰だかわからない子が来る、ということはリスクがある、とフィリップを通して学びましたので、それで今回は、かなり腹をくくって受け入れることにしていました。

ところが、今度は逆の意味で思いもかけない子でした。

メキシコリーナといいますが、暮らしてみると、なんと暮らしやすく、小鳥のように軽やかなこと!
鉛のように重かったフィリップのオーラとは、天と地ほども違うオーラの子が、我が家にやって来ました。
明るく活発なのに節度があり、自己中心的なところがまったくなく、何より協調性があるのに自立していて

こんなに暮らしやすくていいの?!   

と何度も何度も自問してしまったくらいです。

朝は自分からちゃんと起きてきて、自分で朝食を持って食卓について、バス出発時刻の10分前には自分から家を出てバス停に向かい、学校には遅刻も欠席もせずに通っています。
さらに夜はサロンのテーブルで私が勉強しているときは、向かいに座って、宿題やテストの準備をしています。
もう、もう、この1つ1つに感動してしまいます
全然手がかからない!!!!!!!!!

・・・・・とママ友に言ったら、「それが普通なんだけどね、普通は・・・」と、あきれたように返されましたが。
こんな風にラクだと感じられるのは、フィリップで苦労した後だからかもしれませんね。
シベリアからハワイに飛んだらこんな気分でしょうか。
やっぱり、ステージアップしてるんですね
(求めるレベルが低くなっている、とも言えるかも・・・?)


というわけで、こんなに快適でごめんなさい(笑)。


彼女のことは、メキシコの小鳥ちゃん と呼ぶことにします。

これからのメキシコ小鳥ちゃんの記事も精進してまいりますので、どうぞフィリップ記事同様、変わらぬご愛顧、ご愛読を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。


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