天は自ら助くるものを助く(ホストマザー記、いよいよ佳境に入るの巻) - ジンジャーの薫り・・・仏田舎手帖

天は自ら助くるものを助く(ホストマザー記、いよいよ佳境に入るの巻)

  • 2013.12.14
2週間のバカンスが明けて11月に入り、一週間はなんとかかんとか学校に行っていたものの、次の週はお腹の調子が良くなくて家にモッタリ居ついていたフィリップ。(学校に行きたくない理由

軽い風邪でもあったのでしょうが、実際には、心の風邪を引いた、と言ったほうが真実に近いでしょう。

学校に行きたくなくて・・・授業に出たくなくて・・・勉強したくなくて・・・
兄も姉もみんな海外に留学している流れで来させられただけで・・・
それがたまたまフランスになっただけで・・・
考えることはフィリピンのことばかり・・・
真っ暗な部屋に閉じこもってネットゲームと映画は何時間でも苦もなくできる・・・
だけどエエカッコしいのセリフだけは立派で、目一杯外で見栄張って・・・
外の大舞台から帰ってくると楽屋(自分の部屋)に直行して引きこもり・・・
人懐こい笑顔でみんなに好かれるけど、本当の友だちはまだ出来なくて・・・
いつだってやりたくないことをやらない後の言い訳とウソをこねくり考えていて・・・
そんな時は顔が暗くて、彼を取り巻くオーラがドロンドロンとして重い・・・

食べることと甘いものが大好きだから、食事時は一番乗り。
「ごはんよー!」と私が全員を呼ぶと、ペッタン、ペッタン、とスリッパを引きずる彼の足音が真っ先にやってくる。
それだけが、私たちが彼をこちらの世界に呼ぶ手段。

彼がここにいる意味なんか、ないだろう。
話す内容もクルクル変わるから、私たち家族はもう彼を信用していない。

食卓でベラベラと調子よく彼の口から出てくる話も、最初の頃のように本気で聞く気は全くしなくなっていました。(またどうせ出まかせだろう・・・)そう思ってウンザリしている私がいました。

「フィリピン人はフィリピン人のことを信用していません。」と、来たばかりの頃言うのを聞いて、えっ、どうして?ととてもビックリしたものですが、今では(なるほど、こういうことね)と納得できるようになってしまいました。
だって、言うことがこんなにコロコロ変わったら信用できないもの。
日本人だってウソをつく人も時もあるし、外国人に難解な社交辞令とやらもある。でも、「日本人のことは信用できる。」と私は言える。きっと多くの日本人がそう言えるに違いありません。それって国民性の物凄い美点なんだと気づかされました。

彼はここにいる、ただの、なにかの動物になっていました。
ただ、息をして、食べ、排泄をし、寝て、その場しのぎのせこいウソをついて、フランスで決められた時間が過ぎるのを待つ・・・
ただそれだけの存在。
誠実さが感じられないから、正確には動物というのとも違う、もっと何か得体の知れないものが憑いた存在。

そうだ 何かがいているに違いない。悪いのは彼ではない、このドロンドロンした尋常ならざるオーラは 何か悪しきものが彼に取り憑いているにちがいない!

罪を憎んで人を憎まず。

・・・そう思って、浄化のまで撒いてみた私・・・。

だけど、どうすればよいのでしょう。

「私だったら荷物まとめさせてさっさと国に帰すわ!」という人もいれば
「自分の子じゃないから今更どうしようもないよ。短期間で教育し直せるわけでもないし。私だったらほうっておく。期限が来るまでこのまま待つね。」
という人もいました。

帰すのは、彼のご両親の期待と、彼の面子を考えると、とても出来ないと思いました。もう少し様子を見たらいいのではなかしら。環境に慣れるまでもう少し待ってあげたら。そうどこかで思う私がいました。

このまま期限が来るのをひたすら待つ・・・、それしかないと思いました。
当たらず触らず、言ってることは聞き流し、それなら腹も立たなきゃ、落胆もしない。
仮面のような微笑で送り迎えをしてやり過ごす。
彼は何もしないでも、時間だけは過ぎて、無事に帰ることができるだろう。
そして何事もなかったかのように、自分の国で前のような生活に戻れるだろう。
「フランス帰り」という中身のない箔だけついたバッジをかざして。

でも・・・、それでは、ただの飼い殺しです。

このまま彼が一年間を無駄にするのを、黙って見ながら飼い続ければいいんですか。

そんな表面的な生活に、長いこと耐えられる私でもなかったのです。
一緒に暮らす、ってそんなことではないのです。

パジャマ姿でネットと映画三昧生活を一週間堪能したフィリップが、
「以前、ボクの家に留学に来ていたアメリカ人は、よくお腹を壊しました。だから、留学生にはよくあることなんです。」
と正当化したとき、フィリピンに来たアメリカ人がお腹をこわした例と、今回の彼の例を同じカテゴリーに分類してよいものか、整理の苦手な私の頭の中では珍しく光速で作業が行われました。

その結果、次の瞬間、私の堪忍袋はたまらなくなって、ブツリと切れてしまいました。

「留学生にはよくあることかも知れないけどね!あなたは他の留学生と違って、 最初からやる気ってものがないでしょ? そもそものやる気がまるっきり、ないでしょ!ここに来たモチベーションがないでしょ?それで、こうやってお腹が痛くて家に居るとね、学校に行かなくて済むから、心の底では嬉しいのよ。嬉しいから、この状態が続くようにと、体はもっと病気でいようとするのよ!!」

彼はうつろな目をして少し笑いながら、私に
「へーーー・・・そういうものなの?」と言いました。

「そういうものよっ!!!」

怒りと一緒に悲しみみたいなものが、私の胸にこみ上げてきました。

「あなたを手伝ってあげたいと思うけどね、あなた自身にやる気がなくっちゃ、助けてあげたくても助けようがないわ!私にはこれ以上なーんにも出来ないわ!

そう言い放った時、ふと、この諺が浮かんできたのです。

「天は自ら助くる者を助く」

そして、思ったのです。
そうだ・・・、ひょっとしたら、神様はこんな気持ちなのではないだろうか?
私たちが無気力になっている時、努力もしないで後ろ向きになっている時、与えられたチャンスに動かない時、ただ流されるように生きながらえている時・・・
天は「助けてやりたいのに、お前がこうでは何もしてやれぬ!」とはがゆい思いをしているのではないかしら・・・
自分が一歩踏み出しさえすれば、天はいつだって私たちを助けたい、と思ってくれているのではないかしら。と。

私の気持ちが神様の気持ちと一緒だなんて、おこがましいにも程があるのですが、フィリップに自分の気持ちをぶつけながら、私はそんなことを感じていました。フィリップに怒りながら、弱い時の自分の姿も彼に重ね合わせたのかもしれません。

フィリップは何も言わずに部屋に入っていきました。

その晩は何事もなくいつものように一緒にご飯を食べ、そして翌週からまた学校に行きだしました。どうせまた一週間ぐらいで何か言い訳を作って休むだろう・・・と思っていたら、少しして12月に入ってすぐのある時、フィリップは長い長い話を私にしてくれました。
それは、思いもかけず、フィリップ滞在3ヶ月目の転機、と名づけるにふさわしいほどの話し合いになったのです。
彼の今までの行動の、すべての謎が解けました。
うすうすは想像していた内容でしたが、それを彼自身の口から聞けたということです。
彼に乗っかっていた重い荷物を、テーブルの上に少し降ろすことができたような時間でした。
この話は本当に長くなるので、いつか機会があれば書かせていただきたいです。

以来、自分でちゃんと起きて学校に行くようになったのです!!驚異的です!!初めはこれも続かないだろう、とぬか喜びをしないよう自分の心を戒めていましたが、まだ休んでいません。

さらに、あのいつもいつも付きまとっていた、重く粘ったようなオーラが彼から消えました。
姿がなくても、廊下を通って行っただけでも後にその重いオーラが残っているのを感じるくらい、強烈なものだったんです。
彼が毎日つける濃い香水のにおいと混ざって、プンプンと漂う。
ナナと夫といつも「何だろう、この重さは??」と首をかしげていたくらい、家の中が、彼がいるだけで、不思議なくらい、ズドン、ズドン、ネバ、ネバ、と重かったのですが、その重さがどこかに消滅してしまったのです。
すっかり身軽な好青年になって、スッキリとした表情で、自分から学校に行くようになって、休んでいません!
遅刻は相変わらずしていて、絶対走らないけど(笑)。
たまに授業をブッチしてるのは察してるけど
でも、朝のナメクジフィリップはいなくなりました。
「行って来ます、マム!」
とまで言いながら!!!!!!(←こんな顔して送り出す私)

こんな日が来るなんて、以前も、ほんの少し前までも、これっぽちも期待することは出来ませんでした。
逆に、学校が始まって、日が経てば経つほど、そんな日は一度も拝むことはないのだろうという確信と妥協に果てしなく近い気持ちになっていったものです。
でも、「もう、このまま進むなんて出来ない」、という気持ちがあったからこそ打開できたのかもしれません。どこかで立ち止まって軌道修正する時期だったのでしょう。

ほんの少し前進できた・・・お互いに・・・。
この前進は彼にとって大きな最初の一歩であることを祈ります。








(・・・といっても、私はまだまだ最後の日まで気を許していませんけどね!

関連記事

8 comments

非公開コメント