あるホストマザーの手記(初期編) - ジンジャーの薫り・・・仏田舎手帖

  • --.--.--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

- comments

非公開コメント

あるホストマザーの手記(初期編)

  • 2013.10.10
フィリップ坊ちゃまのご実家にはメイドが3人、ナニーが2人いるそうです。
坊ちゃまはビジネスでお忙しいお母様よりはナニーに育てられたのだそうで、幼かったときに世話してくれたナニーのことを今でもずっと慕っていらっしゃるご様子です。現在は北欧に住んでいらっしゃるこの当時のナニーが電話をしてきて坊ちゃまをお励ましになったときは、大変感激しておいででした。
部屋の掃除をし、アイロンかけをし、鍋を磨く私を、毎日不思議そうに眺めていた坊ちゃまは、ある日たまりかねてお尋ねになりました。
「マム、フランスにはメイドやナニーというものはおらぬのか?」

「恐れながら坊ちゃま、『召使用の部屋』というものが昔建てられたアパルトマンにはございますが、現在ではそこは物置部屋として使われるのが普通でございます。また、掃除やアイロンかけだけをパートで頼む方もいらっしゃいますが、いわゆる住込みのメイドというのは現在のフランスでは一般的ではございません。ベビーシッターは時間制で預けるのが普通でございます。わたくしども一般家庭では、料理、掃除、運転手、子育てその他雑務全般を私ひとりでやっております。」
とわたくしは申し上げました。

「へぇ」とだけ感想を述べられた坊ちゃまの、フランスの(正確には日仏ですが)ごくごく庶民の家庭に放り込まれた中で感じられるご苦労が、いかに多岐に渡るものか、私には想像で推し量ることすらできません。


しかしながら、わたくしが庭で落ち葉掃きをしておりました折に、そばにやってきて、わたくしが手に持つ箒を指して「ボクがやりましょうか。」とおっしゃって下さいました。
快くお任せしたところ、顔中を汗だらけにして、手伝って下さいました。
「今までになさったことはございますか?」とお尋ねすると、
「いいえ、生まれて初めてです。」とボタボタを落ちる汗をぬぐいながらおっしゃった坊ちゃまに、わたくしは大変感動したものです。

また、フィリピンでは男性が女性をサポートするのは当然のことだそうで、わたくしがボトルなど重いものを持とうとするとすぐに飛んできて持ってくれます。スーパーのカートも率先して押してくれるのです。
学校帰りには、女の子が一人で自宅に帰るなんてとんでもない、というお考えから同級生の女の子を自宅まで送り届けてから家に帰ってこられる、大変心優しい方でございます。

そして、素晴らしいセリフを堂々と述べられます。
「世の中は常に動いている。だから朝寝坊などして時間の無駄をしたくはないのだ。常に変動するこの世界を見逃さないために、朝は早く起きるのが好きなのだ。」

「フィリピンという国の若者を考えても、僕は大変恵まれた身の上にあり、ここフランスに来られたことは稀有な恩恵であることを十分把握しています。この恵まれたチャンスに心から感謝して、僕は出来るだけ沢山の新しいことを経験して、成長したいと思います。」

「実は僕は兄に比べると勉強家ではありません。でも、成功するためにはハードな努力しかないことを、成功した両親の姿から学んでいます。だから僕は勉強が好きとはいえない自分を克服して、一生懸命勉強するつもりです。」

「スポーツが大好きで、あらゆるスポーツに取り組み,毎日トレーニングをしているので、家にはほとんどおりませんでした。ここフランスではせっかくの機会ですから、フランスでしか出来ないスポーツにチャレンジしてみたいものです。それが留学の意義でもあるのですから。」

着いた早々こう述べられた坊ちゃまに、家族一同、深く感服いたしたものでございます。
たった16歳というお若い坊ちゃまのこれだけのセリフに、尊敬の念すら覚えたものでございます。
お兄さまも、お姉さまも留学され、次は自分が行かねばならぬと何年も前から心の準備をしていただけのことはございましょう。

しかし、その後わたくしたちは大変な混乱といいますか、困惑といいますか、一言で言いますと「わけがわからない」状態に陥るのでございます。

坊ちゃまの罪ではございません。言葉というものは罪でございます。
美しくもなれば、おぞましくもなる、それが言葉というものでございます。
人の心を鼓舞し、突き動かすのも言葉であれば、傷つけ、打ちのめしてしまうのも言葉でございます。
そして、勝手に一人歩きをしてしまうのも、また言葉というものでございます。
坊ちゃまのお口から奏でられたお言葉は、大変美しく立派なものでございますが、実体のないものでございました。

朝は起きられず毎日遅刻ばかり。遅刻してもあわてる様子はなく、のっそりとお歩きになって行かれ、走られるお姿というものを拝見したことがございません。
町のいろいろな所へ見学にお誘いしても、大変億劫にお感じのようで興味をお持ちになりません。一見明るく人なつこく見える坊ちゃまはお友達の輪がすぐに広がります。けれど新しくお知り合いになったお友達から誘われても、断ってまっすく家に帰ってこられて、カーテンを閉じた部屋にこもってフィリピンのお友達とインターネットゲームをするほうをお選びになってしまいます。学校主催のパーティも行きたくないとおっしゃいます。スポーツは3つのスポーツにご案内させていただきましたが、どれもお気に召さないようでした。
「外でやるスポーツは寒すぎる」「僕には他にもっとやらなければならないこと、学ばなければならないことがあるはずだ」「あのような単純なスポーツは面白くない」というご理由でした。
学校で体育の授業があった翌日は、ひどい筋肉痛のため歩くことが困難で大変ご不便をお感じでした。

学校に行き始めてたった3日目に授業に行きたくない、とおっしゃられた時はさすがに驚きました。フランス語がわからないのに授業に出るのは意味がない、とお考えでございます。しかし、2日目はクラスでピクニックに行き授業はなかったのでございます。
まだフランス語で「私は16歳です」と言うことすらできないのに、「ジュヌムサンパビヤン(ぼくは気分が優れない)」というセリフをすらすらとお言いになり、学校から「気分が優れないから帰りたい」と携帯メッセージをわたくしに送ってまいりました。
「それではドクターのところに参りましょう」とお返事すると、そのことには触れず、「ラッキーなことに午後の授業がキャンセルになった。これより帰るぞ。」と嬉しそうな顔文字のメッセージが参りました。
すでに学校を出てしまった坊ちゃまを迎えに行き、キャンセルになっていなかった午後の授業に出席させるために再び学校へと連れ戻したわたくしは鬼のようなホストマザーでございます。

その後もフランス語は一向に勉強する気配もないのは、「IQテストで知能が平均よりはるかに超えていたため学校から呼び出しがあった」とおっしゃる坊ちゃまの頭ですから「小テストでは僕より点数の良い生徒は他にいなかった、簡単すぎて勉強する必要もなかった」・・・とおっしゃる通り余裕のためかと思われました。
しかし、先日わたくしが学校に行きましたところ、「授業中なーんもしてへんし、やる気ないんとちゃうんか」とクラスメートの方々の感想を聞いた上に、さらに衝撃の事実が判明したのでございます。

「フランス語が出来ない留学生だけのために学校が編成してくれた時間割」は週に11時間の初級フランス語だけのレッスンでした。通常の生徒が朝8時から夕方5時まで学校で過ごし戻ってくるのに比べて、坊ちゃまはこの1ヶ月と少しの間、たった週11時間の授業だけ通われておられました。それ以外は寄り道もせずまっすぐ拙ホスト宅に戻られて、おやつとご飯を元気そうに召し上がっておられました。
坊ちゃまの通う学校は、留学生も海外赴任の子弟も多く外国人学生の受け入れには慣れている学校なため、大変親切で心配りが行き届いており、「先生も他の生徒もナイスだ!」とおっしゃっておられました。
けれども朝学校へ行かれるのは大変おつらそうなご様子で、顔色も冴えず、なめくじのようにノロノロと玄関へ向かう坊ちゃまを毎朝励まし、努めて明るい笑顔で送り出すのは、強要しているようでわたくしにとりましても大変つらい気持ちでおります。坊ちゃまのおかげで、登校拒否のお子様をお持ちになる親御さんのご苦労が、ほんの一部だけわたくしにも感じられたように思います。
フィリピンでは、保健室の女医さんと良いご関係を築かれ、出たくない授業の時には顔パスで保健室に入れてもらいお昼寝をされていたこと、ご自慢のご様子でしたが、フランスの学校の保健室では大変残念なことにそのようには参りません。
それでも「今日は2時間だけなのだから、すぐに戻ってくるよ。」とご自分を安心させるようにおっしゃって、外へと向かわれておりました。
そして帰ってくるときには、まるで別人のように明るい顔で、玄関の外からも響いてくる大声で歌を歌いながら戻っていらっしゃいました。その歌声を耳にするたびに、今日もご無事で学校生活を終えられたのだ・・・・とわたくしは胸を撫で下ろすのでございました。

ところが、あってはいけないミスアンダスタンディングが坊ちゃまと学校との間で起こってしまっていたのでした。
なんと、週11時間の授業だけなのは最初だけで、その後すぐに変更になり、他にプラス10時間もの授業にも参加しなければいけなかったのでした。
他の学生と同じように学校に行かなければならなかったのでした!
最初の時間割はわたくしも先生と共に確認させていただきました。しかし、その後変更になった時間割は、先生から坊ちゃまには伝えてありましたが、坊ちゃまには意味がおわかりにならなかったようなのです。あくまで、「僕の好きな授業だけ出ていればよい」という意味だとご理解になられていたそうです。
わたくしも、うかつでございました。

「僕は今まで大半の授業をサボッていたそうだ。今日先生に注意されて、大変ショックを受けた。そのようことはまったく見に覚えのないことであった。」
と帰宅した坊ちゃまはわたくしの顔を見るなり暗い顔でおっしゃいました。
はい、わたくしも、ショックを受けております。

言うことと、やることが、ことごとく真逆 ・・・という非常に複雑な坊ちゃまのことを、至らないわたくしはまだ理解しかねております。

ひょっとしたら、ご家庭での躾が厳しく、常にご両親を喜ばせたいと思うような優しいお方なために、ご自分でも本当のご自分の気持ちに気づかれていないのでは・・・という仮説も考えております。
ご自分の真の姿に気づいていらっしゃらないために、「こうあるべき」と教えられた理想の自身像を述べるくせがついているのかもしれません。

それとも、ひょっとしたらご自分では大法螺吹きとわかっていらっしゃっても、このやり方でご生家では通用する方法だったのかもしれません。

あるいは、ひょっとしたら、フランスに来てから、本当に以前とは豹変なさったのかもしれません。
気候も言葉もなにもかも違う国で、今までの自分と違ってしまうことは当然のことです。

しかし16年間の過去のデータのないまま坊ちゃまを引き取ったわたくしに、わかるはずもございません。


絵に描いたような「健やかな」ティーンなどいないかもしれません。
外では明るくソフトで、挨拶をかわす友達もすぐに出来るけど、実は一日窓も開けない部屋に閉じこもってゲームをしている方が好き。新しい友達と町を散策するのもお金がかかるし億劫。
スポーツも自分の国では仲間に引っ張られてやっていたけど、知らない国で知らない人とするほど自ら率先してスポーツ好きというわけではない。
勉強は嫌い。英語が出来て何の不自由もないのだから、フランス語を勉強する必要も特に感じてない。
時間があればいつまでだって寝ていたい。

このようなティーン留学生は他にも案外沢山いるに違いありません。
そのようなティーンを持つ親は無理をしてでも海外に子を送り、少しでも大人への一歩を踏み出す手助けになればと願うものでございます。その親の意を解せず、留学ならず「留遊」と化している留学生は山ほどおるのでございます。
しかし、たとえ「遊びの一年」であったとしても、外国で暮らす経験を通して得るものは数え切れないものでしょう。
そのくらい、外国暮らしというものは大変なものだからでございます。

ただ坊ちゃまの場合、問題は、言動が正反対 ということなのでございます。
いっそ、お言葉をお聞きしなければ、行動だけ拝見していれば、わたくしどもはこれほど混乱することはなかったのでございます。
今度から、坊ちゃまのお言葉の反対の意味を汲み取ればよいのかとも思いますが、それも慣れないわたくしたちには大変疲れる作業でございます。

坊ちゃまを送り出されたご両親の気持ちを考えますと、わたくしも同じ立場の者として、大変心苦しうございます。

一ヶ月半経ちましたが、一年の旅はまだ始まったばかり。そしてどんどん暗く寒くなり長い冬が近づいています。朝ベッドから抜け出すのがますますつらくなる季節でございます。
フランス人ですらウツになるこの冬を、常夏の国からいらした坊ちゃまは乗り切れるのでございましょうか。

長々と独り言を吐露させていただきましたが、最後に一言付け加えさせていただきます。
それでもわたくしは、坊ちゃまが我が家にいらして下さって本当によかったと思っております。
考えさせられること、学ばされることが多々あり、今まで感じたことのなかった感情や、使ったことのなかった脳みその筋肉を使わせていただいており、毎日が新鮮でハリのあるものになっておるのでございます。
坊ちゃまが意義ある留学生活を送られるほんの小さなお力になれましたら、大変幸せでございます。

まだまだ、ホストマザーとしてのわたくしの修行の道は長いのでございます。


ウエルカム、アドバイス!
関連記事

4 comments

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。