パンパン、ありがとう - ジンジャーの薫り・・・仏田舎手帖

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パンパン、ありがとう

  • 2013.04.05
今年の4月1日はイースターの月曜日でした。
キリスト復活のうれしい日。
ちまたには、うさぎのチョコがいっぱい。
我が家の庭にも、例年のごとく、隠れていましたよ。(私が隠しておくのですけどね)



でも、その前の週に・・・・・

我が家のミニうさぎのパンパンが、私たちのもとから静かな眠りにつき旅立ちました。



7年半、私たちとともに過ごしてくれた、成長する子供たちと付き合ってくれた、ウサギでした。

本当に「いいやつ」でした。

彼のキャラクターに、どんなに癒されたかわかりません。
毎日、毎日、沢山の癒しをもらっていました。
大大大好きなうさぎでした。


7歳半というと、人間で言うと100歳にもなるのだそうで、最近はヨロヨロしていてなんともおじいちゃんぽかったのですが・・・

木曜に下痢に気がつき獣医に連れて行っていたのですが、日曜に動かずじーっとしていることが多く、月曜には目を閉じたままで眠っている状態でしたのでまた連れていったところ、一晩預かって治療してもらうことになり、翌日は朝から何度か電話をして様子を伺っていたのですが、午後になって「もう力が尽きているようだ」と・・・

涙も鼻水も止まらない状態で駆けつけると、パンパンがケージの中で静かに横たわっていました。

朝からずっとこの状態で、何をあげても食べず静かにしている、ということでしたが、私が行っていつものようにおでこを撫でながら名前を呼ぶと、突然、横たえている4本の足をバタバタとさせ、ガリガリと床を掻く音がします。

一生懸命立とうとしているのでした。

もう立てるだけの力がないのに、全身の力をこめて、足を動かしているのです。

「まぁ、あなたが来た、ってことがわかるんですね。私たちには全然反応しなかったのに。」と受付の人が言いました。

抱っこをすると・・・心なしか彼が安らいでいるような気がしました。
このときまで、受付の人が私と一緒にいて昨晩からの様子などを話してくれていたのですが、電話が鳴ったので彼女が受付に戻り、やっと、私とパンパンとだけになりました。

泣きながら声にならない声で、私はでもしっかりと言いました。
「パンパン、私たちと一緒に生きてくれて、ありがとう。本当にありがとう・・・」

言い終わると、彼は半閉じだった目を、ふっと大きく開き、その後、静かに息絶えました。
私の腕の中で。

私が来るのを待っていてくれたんだな・・・と、深い感動につき動かされました。

猫や犬と違って名前を呼んでも来るわけじゃないし、すり寄ってくることもないし、丸いシッポを振ることもない。撫でているときに動かなければ気に入っているみたい、という程度の表現ですから、こちらのことをどう思ってるんだろう??と思うことは多々ありましたが、この日、彼が眠りについた日に、愛情が通い合っていたことを確信しました。
あぁ、愛情って、必ず、通じるものなんだ、と思いました。

獣医さんの受付の人が翌日、
「昨日は言わなかったけれど、実は私も2ヶ月前にうさぎを亡くしたの。金曜だったんだけど週末中泣き通したわ。小さなウサギ一羽に、自分がこんなに愛着を持つなんて思いもよらなかったけれど。」
と話してくれて、同じ気持ちを分かち合えただけで随分と癒されました。
迎えに行ったとき、鼻水をだらだら流しながら泣いていた私にティッシュを差し出しながら「わかりますよ、わかりますよ、あなたの気持ち・・・」と言ってくれていた訳がわかりました。

うさぎはどんどん伸びる歯を自分で上手に摩擦で減らしていくのですが、彼は噛み合わせが悪く、下の歯が一本だけどんどん上に伸びて、まるでサイみたいになってしまうので、もう何年も定期的に私たちでカットしなくてはなりませんでした。
獣医さんはいつも無料でカットしてくれていました。獣医に行けないときは義父がその歯医者さんの役目でもありました。
それでも、それ以外の健康トラブルはなく、タフで元気な子でした(子といっても、私より大分年上のおじいちゃまだったわけなのですが)。

パンパンは本当はトトのウサギ、ということで飼い始めたのですが、最近はもう世話はしなくなって私任せ(ナナに、「パンパンはトトのうさぎじゃなくて、ママのうさぎね!」とよく言われていました)、たまに抱っこするくらいになっていたのですが、かわいい相棒には違いなく、なかなかパンパンの死を信じられないトトに、最後に私に抱っこされたままになっているきれいな姿を見せました。
「ぬいぐるみみたい。まるでただ眠っているみたいで、また目を覚ましそうだ。。。こんなにあっけなくいなくなるなんて、信じられない。」と言っていました。

イースターの後、またどこかで生まれ変わって、私たちの近くにやって来てくれるかもしれない、そんな希望さえ湧きました。

「人間だったら、百歳超えて大往生、泣かないでお赤飯炊いてお祝いするくらいなのよ。」と母に言われましたが、とてもお赤飯を炊く気にはなれませんが・・・
でも、毛並みもきれいなまま。木曜に歯をカットしたので、顔もきれいなままで、子供たちの前では立派なままの姿で。そして最後まで私を待っててくれた、ちゃんと最後の挨拶をさせてくれた、最後の最後まできっちりいい奴だったパンパンに、感謝の気持ちでいっぱいです。


もう大丈夫、書けそうな気持ちに落ち着いたと思って書き始めたのですが、やはり書くそばからパソコンが見えないくらい涙が出てきてしまいます。でも、我が家の歴史の一場面として付け加えておきます。


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