「ハーフ」と偏見 - ジンジャーの薫り・・・仏田舎手帖

「ハーフ」と偏見

  • 2012.08.04
こんな記事を見つけて、なかなか興味深く読みました。
「ハーフ」を苦しめる日本人の偏見 (http://www.sinkan.jp/news/index_2862.html

筆者のサンドラ・ヘフェリンさんは日独ハーフだそうですが、彼女のブログを読んでみたら、彼女のお母様(日本人)もドイツで子供服を買っていられた、という箇所があり、あぁやっぱりどこもそうなんだな~と微笑んでしまいました。
「私のサイズは・・・」でお話した、こちらのズボンが長すぎて、サイズの合うものを見つけるのに苦労する件です)

逆にサンドラさんは日本で服が小さすぎて苦労なさっているそうです。
http://half-sandra.com/column/2012/07/23/1173.php

私は、こちらでのズボンが長すぎて、丈を調整するためにガバーッと切られた布を見ながら、「こんだけ足が短いんだなぁ」としみじみしたり(笑)、ブラジャーのカップがガボガボに余ってしまったり、Tシャツの前がドヨ~ンと開きすぎてしまったりすると、「厚みが足んないよなぁ」と思いますが、「まぁ仕方がない」という感じで、不便だとは思いますが、彼女の言うように屈辱というほどの感じではないですね。
日本人でも素敵な体型の人はたくさんいるので、そもそもそうじゃない自分はすでに体型についてはあきらめている、ということがあるからだと思います。日本にいる時からの長年の精神修養のたまものかもしれません(笑)。


さて、ハーフについてのサンドラさんの経験や考察は、ハーフの子を持つ親としてはなかなか興味深いです。
こちらで子育てをしている限りは(フランスの田舎の小さな学校で、日本人も他の外国人も他にはいない村での子育てでしたが)、子供に対するいじめも偏見もほとんどなかった、少なくとも感じなかった、と明言できます。
田舎のフランス人の懐の深さを感じながら暮らしました。
田舎だから、都会だから、ということではなく、その場に暮らす人たちにもよるのでしょうけれど。

念のため子供たちに尋ねてみたら、特に「ハーフだから」ということで差別を受けたり困ったことはなかったと言っています。

ただ、長男に関しては、周りがすべてフランス人の中で、自分の中の「日本人」の部分を見ないようにするという精神の働きが多かった、ということはあると思いますが、それすらも、周りと同調したい彼の日本人的部分がそうさせているように思います。


「偏見」とはちょっと違いますが、私が会ったフランス人たちがハーフに対して抱く共通のイメージは
「二か国語文化を持つ→豊かなカルチャーとオープンな精神を持つことが出来て素晴らしい」
というものです。

「お子さんは日本語が出来る?」とほとんどの人に聞かれます。
二か国語が出来る、ということは、実はフランス人の憧れなのではないかと思ったりします。

残念ながら「あまり出来ません」と言うと、彼らの幻想を打ち砕くことになってしまって申し訳ないような気持になります。

関連記事

0 comments

非公開コメント