二週間 - ジンジャーの薫り・・・仏田舎手帖

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二週間

  • 2011.03.27
幸せ、とは、こんなにもはかなく、脆く、壊されてしまうものなのですか・・・。

この2週間というもの、まるで地獄を見させられているような気持ちでした。
インターネットのおかげで、情報をダイレクトに手に入れることができ、世界が日本の大惨状を目の当たりにして理解することができた、というのはありがたいことでした。
でも、パソコンの画面、という水槽の中で、破壊され汚染されていく日本を見ながら、被害を受けている人たちを見ながら、何もなすすべがない、ということはサディスティック以外の何ものでもない状態でもありました。
すべてが無になった所で残された人々へ救援や物資が行き渡らない、ということや、これだけの世界が原発の危険を見ていながら、命を張って作業に当たれるのは限られた現地の人しかいない、という事実は、やりきれないほどの孤独を感じましたし、水槽にしがみついて溺れる魚たちを見ているしかない自分には、胸をかきむしりたいほどの焦燥と無能力感でいっぱいでした。

被災者の方々の苦しみを思うにつけ、何もない無事なところで生きていることすら、申し訳なく感じられるようになりました。
鉛のように重い気持ちを抱えながら一歩外に出ると、穏やかな日の光、町の活気、何もなかったかのようなフランスの一般の人々に、異様な違和感を覚えました。日の光すら明るすぎ、町の活気は無情なほど陽気すぎました。
まるで私と外界の間に、薄い膜が出来たかのように感じられ、外の空気にあるなにもかもが別物に思えました。

夜は、NHKのネットテレビから目を離した隙に何かが起こるのでは、と思うと怖くて眠れないので、明け方まで画面に張り付いて倒れるように眠り、2時間後には通常通り目覚ましが鳴って起きる・・・起きた瞬間もこの2時間の間に逃したニュースがあるのでは、と緊張感が走る毎日でした。
私はここで私の義務を果たしていくことが一番だ、私が落ち込んだところで何の手助けにもならない、
現地の人は落ち込んでいる余裕すらない、
・・・と頭では十分わかっているのですが、親しい人を亡くしたのと同じように、心の中はしっちゃかめっちゃかでした。
私の心は、津波に呑まれてしまったかのようにどうすることもできないのでした。


そんな状態から救ってくれた最初のきっかけは、仕事のクライアントであるフランスの団体が日本に宛てた数通の手紙を訳していたときでした。
手紙の内容は、「日本と一体となってこの先もずっと支援するつもりでいる・・・」というもので、訳しながら心に感じ入り、涙がこぼれました。

その時、私はこうやって翻訳する形で日本に協力することができるのだ・・・と、ほんの少しだけ、自分の役割を見つけられたことで心の中に方向性を見出せたのでした。

日本という国が自分にとってこんなにも大切だったということを、これほどまでに意識したことはなかったように思います。
「国を作ってきたのは僕たちだから、こうなったのは僕たちの責任です。」
とおっしゃった、お世話になっている日本人の方の気骨あるセリフで、私は100年の眠りから覚めた気がしました。
国のために何かをする、ということを今まで考えたことがあったでしょうか?
私は、国の恩恵を受けるばかりではなかったか・・・


フランスに来て13年、心情的にもシステム的にも私という存在を本当に快く受け入れてくれたフランスとフランスの人々に対しては、恩返しをしなければならない、といつも思いながら暮らしてきました。
「いつか必ず」しなければならないし、「たった今」も、自分にできることを精一杯することが恩返しになると思ってきました。

でもこれからは、祖国である日本にどうやったら貢献できるか・・・・・を出来る範囲で考えていかなければならない、と気づかされたのです。


11日の地震以来、沢山の知人や友人が心配して連絡をくれたのは、心に響きました。
ニュースなんて普段は見ていないんじゃないか、と思われるような人や、もうずっと連絡も取り合ってなかった人、意外な人から連絡をもらったのは、本当に心が暖まる思いでした。
村の人たちはみなで新居先に電話をくれ、隣人のモニカは、「家族や友人が避難してくるようなら、家にしばらく泊まってもらってもいいからね」と言ってくれました。
困難なときにこそ真の友人がわかる、と言いますが、今回のことで反応してくれた人たちのことは、私の心に深く刻まれ、絶対に忘れまいと思います。


またこのことは、私を知ることで、今回の日本の大震災に対してより近い心情で関心を持ってくれたフランス人がいたということでもあります。
私を知っている人が多ければ多いほど、日本のことを想ってくれる人も多いことでしょう。
海外に住んでいる人は誰もが、草の根大使なのだ・・・と強く感じました。
自覚していなくても、草の根友好大使という素晴らしい役割を与えられているのですね。
海外に住む、私たちひとりひとりの存在そのものに、一億二千分の一の日本を代表する意味があるのだと思えました。


人生のある時点で、「その前」と「その後」という重要なポイントになる出来事がありますが、
東北関東大震災はまさに多くの日本人にとってそのターニングポイントであり、日本という国にとってもそうでしょう。

友人が送ってくれた言葉に胸が詰まって涙がこみ上げました。
みんなにこの勇気がある限り、日本は大丈夫、と信じられます。

日本の事随分心配頂いているようだけれど……
大丈夫。この苦しみを
色々な意味でプラスに変えて
必ず立ち直ります。
今自分ができる事をする。頑張ります。よ!

この気持ちが日本中に広がっているのを感じています。




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