シャンボール城 - ジンジャーの薫り・・・仏田舎手帖

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シャンボール城

  • 2010.08.11
7月になって2ヶ月間の夏休みに入りましたが、娘ナナにとっては小学生最後の夏休みになります。
9月からは中学生。
5年間の小学生活を終え、感慨深い卒業・・・と言いたいところですが、前にもお話したと思いますが、こちらには卒業式も入学式もないもので、親の内心の感慨などみじんの欠片も反映することなく、あっけないくらいの終わり方です。
特に夏の前は早めにバカンスに旅立ってしまう家族もいるので、ちらほら欠席する子もいて、それでなくても20人ぐらいの田舎のクラスの生徒数はもっと少なくなって、やけにのんびりムードで最終日は「ブーム」(パーティ)をして終わりました。「ラ・ブーム」というソフィー・マルソー主演の映画がかの昔にありましたが、ナナのクラスの「ブーム」は、各自キャンディやジュースを持っていって、みんなで楽しくおやつを食べたようです。

でも、小学校最後の思い出になったのは、最終日より一週間前に、クラス全員でロワール川のお城を見に行ったこと。行く前から授業ではお城と歴史について下調べをして望んだ見学でした。
一泊二日のバス旅行です。

これがなんと、出発時間は、朝の5時半 !!に学校集合。
眠そうな親たちに連れられて、元気一杯の子どもたちがやって来ました。
こちらの朝5時半はまだ日の出前で、顔もはっきり見えないくらいの薄暗さ。
(6時になってようやっと空が明るくなりました。)

そして学校に戻ってきたのは、翌日の真夜中0時です。
平日なので、親も仕事があるのですが・・・すごいスケジュールでした。
まだ10歳の子供達なんですが・・・翌日もごく普通に学校があり。
こちらの子どもたちの催し物とか外出って、毎回すごいスケジュールなんですが、(息子の学校の演劇の発表会も夜10時だったし) 日本の学校では考えられないようなタフな組み方ではありませんか?

見学は素晴らしかったそうで、ナナは200枚以上の写真を撮ってきました。
その中からほんの数枚ですが、お届けしますね。
行かれたことのある方も、ない方も、ナナから見たお城の一部をお楽しみ下さい。

フランソワ1世って誰やねん?と思われる方、すみませんが私の許容範囲を超えている細かい説明はすべてリンク先でお読み下さい 
リンク、貼りまくりました (いや~おかげで、フランスの歴史、勉強しなくちゃ~ と思わされました。)


大型バスに乗って最初に着いたロワールの古城は、シャンボール城でした。

Chambord1.jpg


ユネスコの世界遺産に登録されているこの シャンボール城 は狩り好きな フランソワ1世 の意向で16世紀に作られたのだそうです。
ロワールで一番広い面積を持つお城で、彼が狩りをしたお庭には山手線が入ってしまう広さなのだそうですよ。

Chambord6.jpg


壁に彫られているのは、フランソワ1世のシンボル、サラマンダー(火とかげ)。
火を吹いている姿ですが、伝説上の動物で火を支配する力を持ち、消す力もあると言われているのだそうです。
火を司る力があるということは、ひいては人や世の中を掌握できるから、という意味で選んだのですって。


Chambord4.jpg



これは2重らせん階段で、レオナルド・ダヴィンチの設計によるのではないか、と言われているそうです。
2つの階段を使えば誰にも会わずに昇り降りできたのだそうですよ。
なぜこういう構造にしたんでしょうね。密会用かしら?


Chambord4a.jpg


2重らせん階段を内側から見たところ。
クラスメートの姿が入ってしまって、全部は見えないのですが、わかりますか。


Chambord7.jpg


敷地の一部。


Chambord8.jpg


 中央の塔の写真ですが、よく見てみると・・・

Chambord9.jpg


ほら、こんなところにもサラマンダーが。
王冠をかぶったサラマンダーのまわりを、炎が取り囲んでいます。

Chambord10.jpg


雨水用の配水管の先ですって。
蛇を象って出来ているのだそうです。
蛇の口から雨水が出てくるのですね。
よく見ると睨まれているようで、迫力がある表情です。

Chambord3.jpg




このお靴の説明は、ちょっと長いです。
でも、旧約聖書のアブラハムの家系よりはずっと短いので、我慢して読んで下さいね。
ナナの説明
「このお城に関係のあるナントカって人の奥さんが、ナントカさんが殺されたときに履いていた靴で、血の痕がついているのよ!」
というもので、彼女の鼻息の荒さと口調からほほぅ。。。となにやら物騒な気配に納得して聞いていたのですが、肝心のナントカさんが誰なのかさっぱりわかりません。
手短に整理すると、以下のようになりました。

フランス革命後、復古王政の時期にこのお城はブルボン家最後の王位継承候補だったシャンボール伯 (アンリ・ダルトワ)のものになります。そのお父さんが ベリー公フェルディナン・ダルトワ、お祖父さんが復古王政のブルボン家最後の国王シャルル10世です。伯父さんはルイ18世ルイ16世

で、この靴は一体誰のものだったのか、と言いますと、シャンボール伯のお父さん(シャルル10世の息子)ベリー公フェルディナン・ダルトワ の奥さん、マリー・カロリーヌ・ド・ブルボンのものなのですって。(あっ、つまり、シャンボール伯のお母さん、ということですね。簡単に言ってしまえば。笑)
夫(ベリー公フェルディナン・ダルトワ)が暗殺されたときに履いていたものだそうですよ。
パリのオベラ座を出てきたところを刀で・・・ということで、夫の血を浴びて血痕がついているのだそうです。
この靴はオペラ座へ履いていったものだったのですね。
バレエシューズみたいです。

「でも、これ、とってもとっても小ちゃいのよ!」とナナが言いました。自分の靴のサイズぐらい小さかったので、不思議に思って先生に尋ねたそうです。
「とっても小さくて大人の足とは思えないけれど、子供の靴じゃないんですか?
先生の答えは、当時は大人でもこのくらい小さな足をしていたんだよ、ということです。

そういえば、シャトーにあるベッドのサイズなどもすごく小さくてビックリしたりしますが、身長も今よりずっと低かった、と聞きました。
日本も江戸博物館に行くと、当時の人は現代人より二周りぐらい小さかったとあったように覚えています。

Chambord5a.jpg


タピスリー。

Chambord5b.jpg


どれだけの時間を費やして出来たのか、気が遠くなるような作業だったでしょうね。

Chambord5.jpg


色のニュアンスの素晴らしいこと!

Chambord2.jpg


これは私の好きな天蓋付きのベッドです。
こうして上部が狭くなっているものは、ポーランド式なんですって。

Chambord2a.jpg


それに対してこちらはフランス式。
四角い形をしているのがフランス式なんだそうです。
上から下までストンと真っ直ぐになっているでしょう?
みなさんはどちらがお好きですか?

Chambord2c.jpg


フランソワ1世のベッド。写真ではちょっとわかりにくいかもしれませんが、真っ直ぐなので、これもフランス式。さすが国王、飾りが豪勢ですね。



・・・と、以上ナナのシャンボール城の旅、 楽しんでいただけましたか?

さて、次はシュノンソー城をご紹介したかったのですが、すみません、時間切れになってしまいました。
来週から2週間出かけますので、ひょっとしたらバカンスの景色をお届けできるかもしれませんが、ネット環境によってはコメントやメールのお返事が遅れるかもしれません。

出発までにもっとアップする予定だったのですが、なかなか時間が取れず、出かける前にこの記事だけ徹夜して書いています(やっぱり、いつもと同じ締め切りギリギリパターン。

皆さまも夏バテに気をつけて、楽しい夏をお過ごし下さいね!
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