睡蓮の気持ち - ジンジャーの薫り・・・仏田舎手帖

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睡蓮の気持ち

  • 2009.06.05
毎朝、毎夕、娘ナナのスクールバスを待つために、村の池の前に立つというのに、ちっとも気づきませんでした。この夕方も、もう3分ほどバスを待っていたというのに目に入らなかったのは、濃いサングラスのせいでしょうか、それとも、自分の心の中の結び目を解くことに囚われていたからでしょうか。

同じ村のレアちゃんのパパもいつものごとく娘を迎えに家から出てきました。そして、ビズをするために顔を交差させたとき、彼の頬越しに目に飛び込んできたのが、池に浮かぶこの色でした。

「あっ、いつの間に!」

nenuphar2.jpg


いつのまにか、池には一面の睡蓮。
カエルたちが、こぞって飛び込みプールをしていました。

nenuphar1.jpg



村の池のまわりには、もちろんバス停なんて表示はありません。
でも、小型のスクールバスは毎日決まった時間にやってきて、池の前の決まった位置に止まります。
池の前に誰もいないと、そのままブイーンと音を立ててバックして、10メートルほど後方の我が家の前までやってきてくれます。そして、運転手さんと子供たち全員が家の窓の中をのぞきこむようにしてほんの少しだけ待ってくれるのです。長男のトトが幼稚園の頃から(今はもう中学1年!で彼はスクールバスは卒業しました)お世話になっている運転手の女性ドミならではの親切なサービスなのです。

そういえば、トトが帰ってきてこう言ったことがありました。
「ドミがね、バスの中でみんなに向かって言ったんだ。『トトのママは、言葉も文化も違う国からフランスに来て、最初は本当に大変だったんだけど、今では言葉も覚えてちゃんと暮らしていて、とってもがんばってるんだよ、エライんだよ。』って。」

「えっ、そんなこと、バスの中で言ったの?」 びっくりして聞き返しました。
彼女とは「ボンジュール(こんにちは)」と 「アドゥマン!(また明日)」を律儀に繰り返す挨拶がほとんどで、そんな風に私を見てくれているなんて、知る由もありませんでしたから。
晴天の霹靂というよりは、雪空の虹、というにふさわしい驚きでした。

「そうだよ、みんなに向かって言ったんだ。」 と、トトがしっかりと、明るい口調で言いました。他の母親とは違う種類の苦労をしている母を自分の一部としても感じ取っていただろう彼にとっても、それがどんなに自信づけになったことか、容易に想像できました。
「なんで、そんなこと、急に言ったのかしら?」
「さぁ・・・」トトも首をかしげていましたが、大して気に留めてはいませんでした。

胸が一気に熱くなりました。
温度が急上昇して、膨張して、
ざわざわと波立って、胸に咲いたあの時の花は・・・睡蓮だったのかもしれません・・・・・
そして、水面下で見えなかったやさしい言葉が急に浮上してくるのも・・・睡蓮のよう・・・

真夏日のような太陽のもと、一気に明るく顔を出した大きな睡蓮たちを眺めながら、ふと、そんなことを思い出したのでした。


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