孤独と仲良くつきあう法 - ジンジャーの薫り・・・仏田舎手帖

孤独と仲良くつきあう法

  • 2009.01.06
futari_20090107090446.jpg



この年末。耳に届いてくる声は泣いており、受話器を持つ私の手は震えていました。
「お願い、私は英語がしゃべれないから・・・あなたから姉のだんなさんに伝えてもらえる・・・」
もちろんよと言ったものの、私もかなり衝撃を受け、動揺していました。言い間違いのないように辞書を繰り、メモを取ってから、国際電話のダイヤルをプッシュました。

「ハロー、L…の妹さんから頼まれて電話をしています。今夜、L…は入院したということをお知らせします。彼女は、自殺未遂をしたのです。幸い、命に別状はありません。大丈夫だと警察が伝えてきました。病院の電話番号は・・・・・・・」
どうにか落ち着いて話すようにしながら用件を伝えると、だんなさんは初めて話をする私に受話器の向こうから吐露しました。「ぼくには仕事があるんだ。稼がなくちゃいけないんだ。ここを離れたら、稼げなくなる。彼女は一緒にフランスに住んでほしいというけど、フランスに行っても僕はフランス語も話せないし、仕事もない。僕は稼ぐためにこの町を離れられないと彼女も知ってるはずなんだ。この町では彼女は幸せじゃない、だから勝手にフランスに帰っては長居をしているけれど、僕にももうどうしていいかわからない。離婚しようと彼女が言ったんだ。それで君が幸せになるならそうしようって言ったけど、死にたいとも言われたよ。僕だって本当に本当に悲しいんだよ・・・。」


冒頭の電話の主のお姉さんは、フランス人ですがアメリカ人と結婚し、アメリカの大都市で約30年暮らしてきました。陽気で華やかでジョークが得意で、どこにいても人目を引き、場を盛り立てる女性でした。それは今でも年齢を感じさせないほど(20歳は若く見える!)、美しく着こなしが上手なのです。それが、勤めていたショップを数年前に定年退職したのを機に、人間関係が変わり(というより無くなり)すこしづつ歯車が狂い始め、ウツの状態になっていったようです。
そういえば、その時にこぼしていた言葉を思い出しました。
「仕事をやめたら、人付き合いがなくなってしまうのよ。友達も仕事がなければ出来ないの、アメリカって。表面的な付き合いしかないのよ。」
それが本当のアメリカなのかどうかわからないけれど、ずいぶん寂しい環境に彼女がいるんだなと思ったものでした。子供はいない夫婦ですが、だんなさんの羽振りは良く、フランスの家族から見ればリッチな暮らしを謳歌しているように聞いていたからです。それが頻繁にフランスの実家に戻ってくるようになり、最初は短期だったのが、だんだん長期滞在になり、いつまでいるという日程もないままアメリカに戻らなくなりました。

たとえ30年暮らそうとも、やはり、人生の最後は自分の生まれた国に戻りたくなるのだろうか・・・・・・ホームシックを味わっていた私には、彼女の変化は痛いほど心に響きました。もちろん国だけではなく、夫婦関係の問題であることも今回わかりました。モーレツ仕事マンのだんなさんの言葉は、二人の人生の方向がすっかり違ってしまったことを物語っていました。

***************************************************

大晦日の夜、友人3夫婦で朝方まで食事を楽しんでいると、一人が急に涙を流しました。新年を祝う電話を実家にした後のことでした。お母さんがこのところウツなのだと、新年を迎える今夜も彼女がひとりきりでいて寂しがっているのを知り、悲しくなってしまったと言うのです。
3年前に伴侶をなくして以来、お母さんはまだ精神的に立ち直れないでいるのです。
「父はね、とっても嫉妬深い人だったの。母がひとりで何かをするのを嫌がって、母をどこにも出さないで来たの。それで母は父なしで行動することがなかったのよ。今ひとりになってしまったら、なにも出来ないの。ひとりでは運転もできないの、免許を持っているというのにね。それで子供みたいになって・・・ただ父のことを想っては悲しみに暮れているのよ。」
3人の娘を育て、いつも夫の援助とともににぎやかに家族に囲まれて過ごしてきた女性が、急にひとりで放り出されてしまったのです。娘たちはそれぞれ結婚し家庭を持ち、夫は定年退職して間もない頃でした。何より、だんなさんとは10代の頃からのお付合いだったそうですから、分身と別れたようなものですね。
でもその寂しさを、今のところ、誰も助けてあげられないのです。

***************************************************

究極の孤独を感じるこの二人の女性の話を同時期に聞きながら、孤独について考えさせられた年末年始でした。寂しがりやな私だからこそ、余計に感じ入ってしまったのですが。
孤独は、ひとりとは限らず、家族の中でも、カップルの中でも、友人との間でも存在します。
この二人の女性は老後を過ごしていますが、若くても、中年でも、年齢に関係なく孤独は存在します。社会的に人気を博していても、成功していても、無名でも、失敗していても、孤独は存在します。
いかにして、孤独と共存していくか。それが人生の大切な課題なんじゃないかとあらためて感じたからです。
上手に生きるということは、上手に孤独とつきあうことが出来ることが、必要不可欠。そんな気が切実にしました。

大晦日の夜は、私も特別に母のことを想っていました。日本でたったひとりで除夜を過ごす母。いつも多くの趣味を持ってあちこち飛び回っているけれど、お正月には一緒に年越しそばをすする家族がほしいに違いない、と思うからです。
もともと孤独に強い人だけれど、彼女の心の中にもいつだって寂しさがあるのだとは思うのです。でもそれを他人や私には見せないように努力しているのかもしれません。ひとりで新しいことを開拓し、発見し、楽しいことを携帯メールで送ってくれる、そうやって上手に独りを楽しんでいる彼女の姿そのものが、娘の私にとってどんなに力強い癒しになっているかわかりません。
上手に孤独とつきあう、それは、大切な人間関係を守っていく上でもとても大切なことなんだな、と思うのでした。

夫婦のパートナーシップをいつまでも保っていけるのが理想だけど、将来万が一、私が一人身になることがあったとしたら・・・、そこで上手に生きられなかったら子供たちに悲しい想いをさせてしまうし、迷惑をかけてしまう。そんなことのないように、生きられるだろうか・・・?私は自分に答えのあやしい疑問を投げかけました。

人は生まれてくるときも死ぬときも独りだ・・・という言葉がありますが、そうじゃないですよね。だって、生まれてくるときは、お母さんのお腹から出てくる、だからお母さんがいるんですから。生まれてくる前だってお腹の中で一緒です。でも死ぬときは、いつ、どこで、誰に看取られるかわかりません。ひとりで死ぬ可能性だって高いわけです。だから、人は孤独というものを生まれてから初めて体験し、人生を通して学んでいくものなのではないでしょうか。そう思うと、やはり孤独というものに対する理解と覚悟は必要だな、と思うのです。

愛する人がいなくなってしまったら、愛する相手と分かり合えなかったら、友人となる人がいなかったら、子供が巣立って行ってしまったら、グループの中で孤立してしまったら、物理的にひとりにならなくてはならなかったら、ブログに書いた記事になんのコメントももらえなかったら(・・・!)・・・・・・・理由はいくらでも数え切れない。
そんな孤独の時期を、上手に孤独の感情に耐え、仲良くしていくことが出来たなら
また新しい扉が開くのだけれど、時には化け物のように強大な孤独に呑まれそうになることだってある。突然そんな環境に陥ったら、どうやって精神的に抵抗力をつけたらいいのでしょう・・・・・「そのためにも心の準備」、「そうならないためにも環境の準備」が必要かもしれません。

私が経験から思うことは、孤独の時期は、充電期間だということ。言い換えると、孤独のパワーは充電パワーに変換可能だということ。
そして、孤独は誰かに埋めてもらうものではなく、自分自身の中に、それを埋める力があるということ。


皆さんはどう思いますか?



↓一緒に孤独について考えてくれてありがとう。
関連記事

16 comments

非公開コメント

0 trackbacks

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)