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2009年10月23日(金)
薪運びが好きなわけ

 
暑くて半袖を着ていたと思ったら、いきなり氷点下です。

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車の窓ガラス。

あまりに急激だったので、トネリコの大木は、黄葉するのを待つことさえ許されず、まだ緑色だった元気な木の葉を広げた腕からハラハラと落としていました。木の葉は雪のように降り続け、一日ですっかり裸の木になってしまいました。

待ちに待っていた、私の愛情込めた枝豆も・・・・・・

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ようやっと生り始めた房のなかで豆が大きくなるのを待たずに、凍ってしまいました。(号泣)

努力が実らないことって、あるのね・・・

来年はやはり、もっと早く、6月中に蒔きましょう。(反省)


これは先週のことで、今週は少しだけ暖かさを取り戻しましたが、もう暖房は離せません。
さぁ!薪の登場!

maki_20091023170948.jpg



薪は3度体を温める、と言われています。

一度目は、木を切るとき。

二度目は、木を運ぶとき。

三度目は・・・・・・

-4c.jpg


燃やすときです。

私はこの、薪を運ぶ作業が大好きです。
家事の中で、これが一番好きです(家事、と言えるのだろうか?!)。
ほんとに体がホッカホカ。
そして薪を運ぶという一見単純な作業の中に、木に触れるぬくもりと重み、数学的論理(大げさ?)がバランスよく混在していて、集中しているうちに頭の中がスッキリとしていくからです。

どうやったら崩れずに平らに積み見上げていけるかということを常に考えるのが、薪積み世界の立体幾何学です。

maki2.jpg


↑例えばこの隙間に、どんな形の薪を埋めようか、と考える・・・ 
切られた薪の形はそれぞれ違うので、ピタッとはまるものを見つけたときは、うれしい。


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ふ〜〜っ、がんばりました〜


木のぬくもりと重みを感じることで肉体的に生きている実感が湧き、自然を感じる心地よさがあり、幾何学的論理に集中することで他のことは忘れてしまい無我の境地になる・・・
まさに、体と心と頭の三位一体作業、これが薪運びなのです
熱く語ることで4度温まる?

皆さまにもお勧めですョ。
もちろん、最初は腱鞘炎や肩こり、腰痛になる可能性もありますが・・・そのうち鍛えられて、薪運びが止められない身体になること間違いなし!


↑お馴染み拍手クリックです♪
拍手のお礼に、クリックするとここの文が変わりますョ。
 
 

2009年10月01日(木)
朝、学校へ行く道

 
今、フランス人の友人が出張で日本に行っているのですが、夜スカイプで話していたら、日本の学童が一人で登下校しているのに、驚いていました。地下鉄や電車で、ランドセルを背負った子供がひとりで乗り降りしている様子に目が釘付けになったようです。父親のひとりとして、とっても心配になってしまったと同時にカルチャーショックを受けたという話を聞いて、そういえば前の記事で書いた話に説明が足りなかったかもしれない、と私も思いつきました。

こちらの学校は、幼稚園から小学校卒業まで、保護者が学校の前まで送り迎えしなくてはならないのです。共働きの多いこちらでは、送り迎え時間のやりくりが夫婦の仕事のひとつでもあります。それもあって、始業時間は8時半から9時、下校時間は4時半ぐらい、と勤務時間に合わせた長い学業時間が幼稚園のうちから始まっています。
また、その時間にも間に合わない保護者のために、学校内に始業時間前と終業時間後にギャルドリー(託児所)が設置されています。

私の経験ですが、幼稚園も小学校も、親が直接学校に迎えに来る場合は、先生が親の顔の確認をしてからひとりひとり子供を校門から出すといったやり方でした。
親以外の者が迎えに行く場合、たとえば、ベビーシッターの人や、知り合い、祖父母や他の家族の者などが例外で迎えに行く場合は、あらかじめ先生に知らせておく必要がありました。
また、一年の初めには、親以外の誰かが迎えに行く場合の人物のリストと連絡先を、書類として提出します。

スクールバスに乗る場合は、帰宅の場合は、バス停で待っているものが親であるか、連絡のあった人物である場合のみ、子供たちをバスから降ろしてもらえます。
親が遅刻して遅れた場合、また連絡のなかった知らない者が迎えに来た場合は、バスから降ろさずにギャルドリーまで連れ戻し、親が来るまで待つ、というシステムにうちのほうではなっています。
つまり、学校の門までの送り迎えも、大切な親の役目なのですね。

中学に入ってからは1人で通学する者も増えますが、やはり、下校時間の少し前には、迎えに来た保護者の車で路上がラッシュしています。

かなり用心深いやり方ですが、物騒なニュースも多い中、当然のやり方とも思います。
これから考えると、1人で大人に混ざって通っている子供の姿は、かなり衝撃的に写るわけなのです。

・・・ということもあり、スクールバスが家の前まで来てくれなくなってしまった今秋、私もナナと一緒にてくてく歩いて車道まで出て、ナナがバスに乗り込むまで見届けているわけなのです。迎えに行くのも同じです。



今朝の風景。

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うっすらと朝もやがかかっています。




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夜の間に働いたのね。きれいな蜘蛛の巣。




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朝露で白いたんぽぽ。


 
 

2009年09月29日(火)
新学年で変わったこと

 
新学年(日本では新学期ですね)が始まって、約1ヶ月が経とうとしています。
みなさん、お元気ですか?

おかげさまで、長男のトトも中学2年、長女のナナは小学校最終年の小学5年になりました。
(フランスは小学校が5年制なのです)

変わったことと言えば、トトは初めてクラス替えを経験したこと。
ここの田舎の小さな小学校は各学年1クラスしかなかったので(それも20人前後)、幼稚園の年少組みから小学5年まで、ずーーーっと同じクラスメイトだったのです。
中学に入って、町の学校になり、人数はぐっと増えたのでした。(それでも一学年4クラスの家庭的な学校ですけどね)
「クラス替え」なんて言葉すら忘れていた私でしたが、今回新学年の初日にクラス発表があって、親子でびっくり
なにやら新鮮な気持ちでした。

ナナの方は、これも幼稚園のときからお世話になっていた白いスクールバスが廃止されてしまいました。以前こちらの記事にもちょっとだけ書きましたが、運転手さんを勤めた村のドミさんには本当に親切にしてもらったのです。
天候の悪い日はわざわざ家の前までバスをバックして止まってくれたり、ちょっと遅れてしまったときも心配して家の前まで来てくれました。
もちろん、わが家だけじゃなくて、各家庭に対して心配りをしてくれた人でしたから、どの親も安心して子供を乗せられたものでした。

スクールバスに乗っている子供全員が毎朝、毎夕、私と一緒に日本語をおぼえたこともありました。
朝は『おはよう』、夕方は『またあした』、それから特に女の子が知りたがった『あいしてる』などという言葉が、この小さなバスの中から元気な声で響いてきたものでした。

そのバスは3台あり、村の共同体が運営費をまかなっていたものですが、不況のあおりで小型バンのバスはメンテナンス経費がかかりすぎるということで、廃止。
いきなり、県手配の、大型バス2台に変わりました。
中にテレビもトイレもついていて観光バスみたいな立派な乗り物で、2キロぐらい離れたところからでも、ナウマン象がやってくるように見えるくらいです(笑)。
これで、今まで通り、あちこちの村を回って子供たちを集めて乗せるわけなのですが、
なにしろ超大型。小さな田舎道を器用に回れるはずもなく、今までは来てくれていた小さな村には入って来れず、近くの大きな車道まで私たちが出向いていくことになったのです。

それも、道端で待っていれば乗せてもらう。誰もいなければバスは素通り、という方式。(絶対に遅刻できまへん   )
車道までは徒歩10分。
雨の日や冬の凍りつくような日には車を出すと思いますが、いまのところ、毎朝、てくてく歩いています。

最初は、田舎的アットホームなサービスが減り、町の近代化に汚染されているようでちょっとがっかりしましたが、これがまた、新たな発見があるものなのですね。
なかなか楽しいのです。
歩きながら、ナナがいろんなことを話してくれる。
朝もやの草原を横切りながら、自然の風景を発見したり。
夕方はおやつを持っていって、ピクニックしながら戻ってきます。
家に着く頃には、その日あったことの興奮がちょうど良く鎮まって、さっと宿題にとりかかれます。

ドミさんは25年勤めたこの仕事をリストラになり、現在は幼稚園の給食を担当しています。
運転手と給食じゃ、全然仕事内容が違うのですが。そこは村の運営ですから。すごい配属変えです。大好きな仕事を晴天の霹靂で止めざるを得なくなった彼女ですが、失業しないだけまだ恵まれている、と言っていました。

今までの白いスクールバスがどんなだったか、といいますと・・・

今になって、写真をちゃんと撮っておかなかったことに気がつきました。
というか、ドミさんも学校最終日の前日に、いきなり廃止を告知されたと言いますし、私も知らされたのは学校最終日当日でしたから、記念に撮る暇もなかったのです。

で、思いつくのは
フランスでロングラン大ヒットしたドキュメンタリー映画 「ぼくの好きな先生」(原題は『Etre et Avoir』 )に出てくるものと一緒。
このドキュメンタリーはオーヴェルニュの田舎の学校を撮影したものですが、まさに我が家とこの村と学校そのままといった感じなのです。
ご覧になったことのある方は、あぁあの白い小さなバンか〜、と思って下さいね。
まだの方は、とっても静かな静かなドキュメンタリーです、お時間のあるときにどうぞ。




あら、本当は今日は違うことを書くつもりで書き始めたのですが、全然似ても似つかない内容になってしまいました(笑)。

 
 

2009年07月24日(金)
走れない車を買いませんか?とは??

 
以前、スーパーマーケットで買い物を済ませ、車のところに戻ってくると、見知らぬ中年の男性が私を待ち構えていました。

「奥さん・・・」

「は、はい・・・?」 何だろうと、ちょっとどぎまぎしますよね。ごく普通の身なりをしたこの男性は、セールスマンという風でもなく、通りかかった買い物客といった感じです。道を尋ねるなら、わざわざ私が来るのを車のところで待っていることもないでしょう。車の止め方が悪かったのかしら、何かしら、と考えを巡らせる時間も一瞬のうちに、男性は続けました。

「実は、奥さんとまったく同じ車を持っているんですよ。
だけど事故を起こして壊れてしまって、走れないんです。」

「はぁ・・・」
注意深く彼の言うことに耳を傾ける私に、次の言葉は、あまりにも理論から逸脱しているように感じられました。


買いませんか?

「はっ??」

壊れて走れない車を買いませんか???

どーいうことハテナマークが100個ぐらい、頭の中を駆け巡りました。
でも目の前の男性は気が触れたのでもなさそうです。

「買って、どうするんですか?」
飛び交うハテナマークを振り払って、聞き返しました。すると男性はそんな質問が来るとは予想もしてなかったように言いました。

「奥さんの車が故障したら、部品を取るのに便利でしょう。」

あぁ、そうだったのでした。
こちらの人って、故障したら、自分で廃車業者や知り合いの要らなくなった車から部品を調達して自分で直すことが多いのです。でも、部品を探すのだって、いろいろな車種があるし、必要な時にすぐに見つかるとは限りません。
そんな時、まったく同じ車を持っていたら、確かに便利でしょう。
だけど、廃車を置いておくスペースも必要だし、自分で直せる技も必要だし、買ってもウチでは使いこなせない、と判断して、残念ながらご親切なお申し出をお断りしたのでした。

この後しばらく経って、この男性が予言した通り、古いわが家の車はあちこちが故障し、数箇所の部品交換が必要となりました。ラジエーターだのマフラーだの、高い部品と交換費をガレージに払いながら、「あーあのとき、やっぱり買っておけばよかったかもー」とちょっぴり後悔したりもしました。

さて今回は、どこでどうしたのか自分では覚えがないのですが、右の前灯のカバーガラスが割れていました。あーまた修理代が・・・・・とつぶやく私に、「これなら僕もできる」と夫。でも電球を替えるのとは違うのよ?ガラスが割れちゃったのよ、と念を押すと、ガレージに行けばこれも高く付くけど、探せば同じものが見つかって自分ではめ込めばよい、とのこと。
ということで夫が地元の個人広告で中古の売り出しを見つけて買ってきたものです。

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1個12ユーロなーり。(1500円ぐらい?)


日本では車とは無縁の生活をしていましたので知らないのですが、日本でもこんな風に自分で部品交換するものなのでしょうか?


これはフリーマーケットで売っていた車のライト。こちらのフリマは部品が多い!

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2009年03月01日(日)
思いっきりヘアーサロン!の巻

 
春めいた風が吹くようになって、髪の毛も軽やかにリフレッシュしたくなりました。
旅先で初めて入るヘアーサロンのドアを押すと、坊主頭のマスターがニッコリ笑って迎えてくれました。
さぁどうぞ、と椅子に座らされ、大きな鏡の前で結んでいた髪をほどくと、私は言いました。
「この髪形を少しなんとかしたくなって・・・」
そりゃぁ、そうでしょうな!」マスターは坊主頭を大きく頷かせると、真剣な面持ちで納得して相づちを打ちました。「ご愁傷様です」とでも言っているような表情でした。
いえ、そこまで「どうしようもない髪形」と思っていたわけではないので、そんなに自信たっぷりに同意してもらっても困惑してしまいます。
私は続けました。
「それで、10センチほどカットしていただきたいのですが・・・」

マスターは明らかに、「そんなんじゃ面白くない」という顔をしました。
その顔を読み取って、私はさらに続けました。
「それとも、何か私におすすめの髪形はありますか?」

店のドアのところにクリエイティブカットのフランス全国チャンピオンという文字がなにげなく書いてあったのが、頭によぎったからです。ほんとかどうかは別にして、面白そう、と思ったのです。

「いいですか!」 とたんにマスターは張り切って、両手を広げて説明しました。
「あなたは髪を長くしていたいのは、後ろで結べるように、とおっしゃる。でも、髪を結ぶ必要がないくらい、短くカットしてしまったらどうでしょうね?
そして、そのカットがあなたに似合っていて、一段とあなたの魅力をアップするものだったら、何も長くしている必要はないでしょう?」

「いえいえ、短いのは似合わないので・・・」

「絶対にお似合いになります。」と彼はまたまた自信たっぷり。「あなた自身の隠れている魅力を引き出してあげなければ、ね!」

彼の太陽のような坊主頭と、笑顔に引き込まれて、つい「それじゃぁ、挑戦してみますか。」と言ってしまいました。

それから彼は、ハサミではなく、かみそりの刃のようなもので、シュッシュッシュゥッーーーーッと、私の髪に手を入れたと思うと、あっ!という間に、30センチほどの髪の束が、私の頭からはがれて行きました。その素早い手さばきは、まるで、手裏剣を扱う忍者ごとき。
しかも、その髪束をつかんで、空中に投げるパフォーマンスつき(笑)。
見せる、見せる。


その間も、「だんなさんをいつまでも惹きつけておくためにも、あなたの魅力を最大限に見せることが大切!」などと説得は続きます。

ついでに、眉毛ももうちょっと抜いて揃えるといいですよ〜」という余計なお世話アドバイスつき。イタリア系南仏生まれというマスターの、いかにもなパフォーマンスでした。

しかし・・・・・・彼の「はりきり度」に反比例するように、鏡の中の自分を追いながら、私の顔は徐々に青ざめていきました。

「でも・・・帰宅したら、夫は『あっ、家を間違えた』って出て行ってしまうかも・・・。」とほぼ泣き笑いで呟くと、勢いをそがれたマスターは一瞬顔をひきつらせましたが、すぐに気を取り戻して、こう言いました。

「出て行っちゃったら、また違うのが見つかりますよ!男は世の中掃いて捨てるほどいるんですから。でも、魅力あるあなた自身は世界にひとりだけ!!」

・・・なんか、わかるようで、わからないこじつけ(笑)。

そして出来上がった髪形を見て、マスターは「この方があなたはずっとかわいい。生き生きして10歳は若返って見えるし。」と大満足。
しかし鏡の中には、「かわいいマダム」(自称)だったはずの私はすでになく、「単なるおばさん」になった姿が・・・(号泣)

全身の力が抜けるような心持ちで、10歳は老けたようにヨロヨロと椅子から立ち上がると、ようやっとの思いで支払いをすませ店を出ました。
店を出るとき、マスターがドアを開けてくれ、私の手をギュウウウウウッッと握手すると、イタリア産日の出のような満面の笑みで送り出してくれました。
カット後、シャンプーもなくそのままブローされてたことにも気づかないくらい、私は動揺していたようです。気づいたのは、それから一日中襟元がチクチクしていたから。



夕方帰宅した夫、ドアを開けた瞬間、後ずさりして「あ、失礼、家を間違えました・・・(と出て行く振り)」(笑)。
一体どうしたの?という彼にサロンでのいきさつを説明すると、
「そんな口八丁に乗せられるなーっ!」と叫んだ後、「でもまたすぐ伸びるでしょ?」と自分に言い聞かせるように言うので「前のようになるには、あと3年はかかるわよ。」というと「そんなにかかるの!」とショックを受けていました。
それから半分冗談、半分本気で、「だいじょうぶ、僕が毎日髪の毛ひっぱってあげる。一日も早く伸びるように。」

子供たちは、「ママ、すっごくヘン!前のママがよかった〜。」と言うし。考えたら、ショートの私を一度も見たことがなかった子供たちなのでした。フランスに来てからずっと、芸もなく伸ばしっぱなしだったからです。
まぁそう考えると、イメージチェンジもたまにはマンネリを防ぐのにいいかもしれない。
それに、髪形は私に似合っているとは言えなくても、あそこまで自信たっぷりにイメチェンをすすめるヘアーカット師も、滅多にいるものではありません。お客の要求を聞き入れてカットするほうが無難です。気に入らなければお客は二度と来なくなるわけだから、リスクを取るのは、よほどの度胸か過信が必要でしょう(笑)。太陽マスターは、リスクを取る気概があったという意味で私の気に入りました。(もう当分行かないけど。笑)

でも翌朝、起き立ての自分を鏡で見て、即決。なんとかしなくちゃ。と、違うヘアーサロンに行って、髪に明るい茶のメッシュを入れてもらいました。
ちょっと変化がついて、これでやるだけのことはやったと、少しは気分も収まりました。

その2軒目のヘアーサロンで。

かわいいワンちゃん連れのお客さんがいました。混んでいてかなり待ち時間が長くて、ご本人はしびれを切らしてお店の人に噛みついていましたが、ワンちゃんはワンとも言わずずっとおとなしくしているの。

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シャンプー台でも、ご主人さまの足元で。

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そのうち、店内のお客さんに愛想を振りまいていました。

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さて私の髪形への周囲の反応ですが、「切ってかわいくなった」派と「ロングの方がよかったから、また伸ばして」派と、半々です。
切ったことを絶賛してくれた代表者には、実家の母、義母、そして、同じ村にすむ89歳になるかぼちゃおばあちゃん・・・・・

・・・・ひょっとして、この髪形、おばあちゃまキラー?!・・・・・




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みなさんも、カット&パーマ大失敗の経験ありますか?